課題の分離とは

アルフレッド・アドラー。結構渋くてイケメン

課題の分離」を提唱したのはアルフレッド・アドラーという哲学者で、「個人心理学」を創始した人物。 最近では「嫌われる勇気」という本で有名になった。

課題の分離とは「自分がコントロールできることとできないことを分ける」ということ。 自分の課題は「自分がコントロールできること」で、「他人がコントロールできること」は他人の課題である。

例えば、上司として「部下がデスクの上を片付けない」という悩みがあるとして、「デスクの上を片付ける」は誰の課題か? これはまぎれもなく「部下の課題」であり、「上司の課題」ではない。 デスクの上を片付けるのは部下が判断することであり上司である自分がそれを気にしても仕方がない。 上司が部下に対して「デスクの上を片付けろ!」と命じるのは、「他人の課題に自分が踏み込んでいる」状態である。

自分が他人の課題に踏み込んだり、他人が自分の課題に踏み込まれたりするとストレスが発生する

コミュニケーションの悩み

日本には、コミュ障という言葉が流行るくらい「コミュニケーションを苦手」とする人が多い。 コミュニケーションが苦手なのは、シャイだったり臆病だったりと、その人の性格が影響する場合もあるが、 「自分が○○と言ったら☓☓と(言われる|思われる)かも」とか、「自分が言ったことが相手を傷つけるかもしれない」というような 悩みを抱えてしまって、自分の言いたいことが言えないという場合もあると思われる。

自分の場合は「相手にどう言われるか」を考えすぎてしまって、なかなか自分の意見を言えないという悩みがあった。 その悩みを解消してくれたのがアドラーの「課題の分離」だった。

キャッチボール

コミュニケーションはよく「キャッチボール」に例えられる。 自分がボールを投げ、相手がそのボールをキャッチし、そして相手がそのボールを自分に投げる。 それがキャッチボール。

キャッチボールを「課題」とみなし、「課題を分離」してみる。

キャッチボールの課題

  • 自分がボールを投げる
  • 相手がそのボールをキャッチする
  • 相手がそのボールを自分に投げ返す
  • 相手が投げたボールを自分がキャッチする

「自分がボールを投げる」のは自分の課題。

「相手がそのボールをキャッチする」のは相手の課題。

「相手がそのボールを投げ返す」のは相手の課題。

そして「相手が投げたボールを自分がキャッチする」のは自分の課題。

課題の分離から見えること

自分が投げたボールに対して、「そのボールをキャッチする」かどうかは相手の課題であり自分の課題ではない。 つまり自分が発した言葉に対して、「相手がどう思うか・どう感じるか」は相手の課題であり自分がコントロールできることではないのだ。

しかしその論理で言うと、自分の言ったことに対して「相手が傷つくかどうか」は相手の課題であり自分の課題ではない。 従って「相手が傷つく」と分かっていても自分の言いたいことは言うべきである。

疑問点

…本当にそうなのだろうか? (ここからはアドラーが言ったことではなく、自分が考えたことを書く)

相手が「必然的に傷つく」とわかっていることや、「自分が言われて嫌だと思う」ことを「言わない」という課題(選択肢)だってあるのではないか。 それが「思いやり」だろう。

まとめ

「自分の課題」と「相手の課題」をハッキリ分離させることで、コミュニケーションは楽になり「相手がどう思うか?」などの悩みは解消される。 しかし相手を思いやることは絶えず忘れてはいけないと思う。