自分の人生を生き続けるために、方針とする考え方や価値観を書いていく。 時間が過ぎていけば自分の価値観は変わっていくので、あえてver.2018/10としている。


等身大の自分のままでいつづける

用語解説

とうしんだい【等身大】
① 肖像・彫像などが人の体と同じ大きさであること。 「 -の立像」
② 飾ったり、おとしめたりしていない、ありのままの姿。 「 -のアメリカ」
大辞林 第三版より引用

今回の記事では②の「飾ったり、おとしめたりしていない、ありのままの姿」という意味で使用する。

「等身大の自分のままでいつづける」ためには?

  • 自分を良く見せるために格好をつけない
  • 他人と優劣をつけるために背伸びをしない
  • 嫌われたくないために自分を殺さない
  • 惨めな思いをしたり劣等感を感じたりすることを「なかったことに」しない
  • 自分に甘くなりすぎない

解説

自分を良く見せるために格好をつけない

誰かに対して自分を良く見せる(=自分は他の人よりも「いい人」だと思わせたい)ときに、格好をつけないということ。 例えば電車の席が満席で、自分が座っている眼の前の人が高齢のおばあさんだったとき。 「ほら俺はおばあさんに席を譲るいい人なんだぜ」という下心から席を譲るのではなく、「立ちっぱなしのおばあさんが 辛そうだった」という優しさから席を譲れるような人間でありたい。

他人と優劣をつけるために背伸びをしない

他人と優劣をつける(=自分は他人よりも「優秀だ」と思わせたい)ときに、背伸びをしないということ。 「背伸び」を具体的に言うと、いつも自分が言わないような言葉を使ったり、上から目線になって発言したり傲慢な態度をとったりすることを意味する。

「自分が優秀だと思わせたい」という感情は、『自分が優れていることを誇示しなければ周囲の人から「こんな自分」は認めてくれないと恐れている』という 優越コンプレックス(参考:)に他ならない。 他人と自分を比較せずあるがままの自分を受け入れるためにも、優劣をつけるために背伸びをするべきじゃない。

嫌われたくないために自分を殺さない

私は友人との人間関係で大きなトラウマを抱えている。 信頼していた友達に裏切られたり、「この人はずっと友達でいてくれる」と思っていた人が私へのいじめに加担したり、 自分が犯してしまったたった一回の「空気が読めない」というミスで友人グループから脱退させられたりなどさまざま。

これらのようなトラウマを持った自分が、今後友人関係を壊さないようにと考えて行った施策は「嫌われないように自己主張をせず空気を読むこと」だった。 トラウマからか、「嫌われること」に対して非常に恐怖していた。 もともとしっかり空気が読める方の人間ではなかったが、ひたすら練習(?)した。 私は『ああ、やっとこれでうまくいく!』と思っていた。しかし、うまくは行かなかった。

原因は「嫌われないようにしていること」だった。嫌われないように自分の意見を持たずグループ全体の意思決定に委ねていることそのものが 「嫌われることの原因」になったのだ。

私は諦めた。嫌われないように一生懸命自分を押し殺して空気を読んでいた時間はすべて無駄だったのだ。

無駄になった時間は戻らないが、人は学ぶことができる。 等身大の自分のままでいつづけるために、私は嫌われたくないために自分を殺さない。 (でも自分は平和主義なので自分が我慢すれば周囲の口論や問題が収まるときは自己主張を控えることもある。)

惨めな思いをしたり劣等感を感じたりすることを「なかったことに」しない

上記に書いたとおり、私は友人関係にトラウマを持っている。 そのため中の良い友人グループなどを電車などで見ると、とても羨ましい気持ちでいっぱいになる。 そして劣等感が私を苦しめる。

私は今までそういう気持ちに蓋をしてずっと「なかったこと」にしてきた。 お風呂に入っているときなどに、そういう「なかったこと」にしてきた負の感情がふと一気に心に流れ込んでくることがある。 この状態になると、私はそれに対して肯定したり否定することはできず、ただただ認識して涙を流すことしかできなくなるのだ。

自分の中に芽生えた負の感情を「なかったこと」にして押し殺すのではなく、これからはそんな負の感情でも「それが等身大の自分なんだ」と 自己受容して行きたい。なかなか難しいことだけれども、善処する。

自分に甘くなりすぎない

私の中では「自分に優しい」と「自分に甘い」の定義は異なる。 「自分に優しい」というのは、例えば疲労している自分の身体を思い遣って休みをとる、というように自分の身体や心を思いやること。 対して「自分に甘い」というのは、例えば今日中に終わらせなければならない仕事や課題を翌日以降に延ばす、というように自分の裁量で妥協すること。 身体の疲労が溜まっていて病院へ行くために、今日中に終わらせなければならない仕事を終わらせられなかったと言うような場合は「自分に甘い」のではなく 「自分に優しい」の部類に入ると思う。

「自分に甘くなりすぎない」というのは、妥協を一切するなと言っているわけではなく、自分の心と身体の調子を鑑みながらやるべきことをやっていこうという意味である。

等身大の自分のままでいつづけることの目的

上記解説の一部でも書いたが、「等身大の自分のままでいつづける」ことの目的は自己受容である。 自分のすべてを受容できるまで何年かかるかわからないが、今日から「等身大の自分」を意識して生き続けようと思う。